景観を構成する要素

ランドスケープ

景観を語るにあたって忘れてはいけないのがこの『ランドスケープ』というものだ。景観というものを構成する諸要素として重要な位置にあり、それはとある土地による資源・環境・歴史などのよそが構築する政治的・経済的・社会的シンボルや空間、もしくはシンボル群や空間が作る都市そのもののことを指している。

ランドスケープという言葉は主に都市設計や地域環境などを研究する際に学術観念として取扱われることになるが、様々分野において言葉の意味としての定期が異なっている。今回はあくまで建築関係においてのランドスケープについて焦点を絞っていく。

景観について考えてみた結果

ある一つの見解

建築家の『丸田頼一』氏が著している『環境都市計画事典』においてランドスケープとは、風景や景観のような感覚的・審美的な側面のみならず、水・土・大気・動物・植物などの、土地や自然を基盤とする生態学的な性状や秩序を含めた概念として認識されることであると位置づけして、その上で、都市整備の目標を安全性・健康性・利便性・快適性・経済性が備わったアメニティ豊かな環境創造に視点を置くことによって、年固有の自然的ポテンシャルを元にした、人間活動の歴史・文化的係わり合いによって生じる環境条件の科学技術的な判断を、また『美』に関する追及やレクリエーション空間の確保などに重点を置く分野である、と定義している。

時折、風景・景観・景域・造園・造景と表現されることもあるが、本来の意味は『風景画』という画を意味しており、これは画家が風景や景観を作るという意味になるのではなく、ある一つの視点を選んで空間を解釈しているという意味でもあった。

日本に置いてのランドスケープとは

日本においてもランドスケープに対しては様々な見解が述べられている。それは庭園手法によって造園の、また都市設計手法からは政治・建築の1分野であると見られていた。景観・造園の意味合いとしても、ガーデニングなどの普及も後押しして、一般的な言葉としても定着するようになった。

日本におけるランドスケープデザイン

風景のデザインとして、ではなくあくまで都市整備としての観点から考えたとき、日本ではそうしたランドスケープを用いるときには日本庭園で距離を利用することにしている。これは古くから伝わる伝統的な手法であり、風景の変化を作り出す手法で、近くから駿にコケ・低木・高木を配置して、塀で風景を切り取り、遠くの山・空を借景で演出するなど、またここの造園計画によって、都市全体に魅力を持たせる手法、都市内に作られる公園、川辺の親水空間、建築物周辺の植栽、街路樹などの計画、構築する手法は一般的なこととなっており、最近ではランドスケープの広告化、マンション広告の際にマンション敷地内の外部空間をランドスケープとして宣伝するようになっていた。

元々ランドスケープとは自然と人間界に存在するものが入り混じっている現実のさまのことを意味しているが、ランドスケープデザインはこの景の中の人間と自然や環境との関係を読み取り、それを形として空間に表現する分野となっている。そして芸術と科学という性格の異なった二つの領域で構成されている分野でもあり、豊かな生活環境の理想を実現し結うような空間を具体的に作る手段としても用いられている。それらは建築や土木構造物以外の外部空間を対象としており、今日では庭から街路、河川、都市公園や広場、都市や商業モール、住環境、果ては学校キャンパスやスポーツグラウンド、そして自然公園と大変広いものまで指すことになる。

これらのオーピンスペースは僅か1世紀前までは都市の余白としてしか捉えられていなかったものの、都市の高密度化が進行するによって、都市環境を人間の元に取り戻すという重要な役割を持っている空間であるということが判明するのだった。

公共空間を対象としている場合には、公共事業であるとユーザーは年齢・職業・性別と共に特定されることはなく、判断基準が不明確になるためしばしば審美性以上に、明確な機能とか管理しやすさの身から判断されることが多かったが、80年代からは都市における公共空聞への意識の高まりと共にランドスケープ・デザインとい領域が認識されるようになるのだった。こうした動きによって、フォルマリスティックで表層的なデザインに陥る危険性は孕んでいるものの、それまでの、単に喧騒を和らげるための抽象的な緑でしかなかった植物を、生き生きとした能動的な自然に引き上げたり、あるいは癒しの手段でしかなかった水や緑を、より大きな生態系の中での自然現象を映し出す存在として位置づけたりというように、都市と自然、人間の営為と自然との関係を再定義することに大きな役割を果たすことになるのだった。

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都市計画としてのランドスケープ

では都市計画という面でのランドスケープというものがどのように考えられているのかを見ていきましょう。元々の本題はこちらですからね。

都市計画とランドスケープは切っても切り離すことの出来ない関係性を築き上げており、古くからランドスケープ的手法は都市空間西部によく使用されているといいます。具体的にどのような方法を用いているのかというと、方角を問わず、山や川、人々の周りに風景や、自然の創造物を元にした人の生活が行われることはしばしば見られている。また、高台に作られた神社、他の建築物よりも大きな寺、高い塔を持つ教会など、シンボルとなる人工物を街や都市の重要要素として位置づけ、これらを基盤とした都市の設計にも行なわれているのです。建築学というものを学んでいない人からすれば、無秩序に建てているのではと思いたくなるときもありますが、中にはきちんとこうした学術的見解から建築物を建てている事もある、ということですね。こういうことを知っていると知らないでは、その景観に対しての見方も変わってくるかもしれませんね。

こうした立ち位置で考えたときに日本では、借景・点景を使う、もしくは水面を大きく取る、石を組むなどを造園手法がランドスケープとして引用されていることが通常となっています。その後時代は近代に入ると、都市が持っている要素をランドスケープ的な視点で課科学的に分析することを始め、各々の要素を会席・再構築することで、より良い都市を作り出すことが出来ると考えられ、この頃より日本でもランドスケープを学問の一つとして研究されるようになる転換期となった。

ランドスケープを用いての一番分かりやすい都市計画としては、そのシンボルを中心とした場所構築が代表例となっている。現代の日本から考えたとき、今でこそ東京のシンボルとしてたっているのは東京スカイツリーとなっていますが、それまでは東京タワーとなっていました。この大規模な象徴ともいえる場所を中心に都市計画が進んでいたということになります。国会議事堂や東京駅を中心としてではなく、人が集まりやすいという視点から設計思想も考えられるということです。

古代の日本において、そうした象徴的な建物として神社を中心に考えられていました。仏教が伝来する以前は祭事を行なう場所というだけでなく、先祖の供養を行い、村の人間が議論する場としても重要な拠点となっていました。神社を中心にどこに誰の家を建てるのか、そこも踏まえて家を建てるという習慣はあったのです。学問としてランドスケープが研究される以前から、建物を建築するときにはきちんとした配置を考えていたというのは知らなかったですね。