具体的な破壊例

景観破壊

先に述べたとおり、景観法が施行されるまでは日本は世界から見てもひどい有様を誇っている景観の国だという認識がまかり通っていました。恐ろしいものですよね、日本独自の警官が失われてしまったことで、建物が無造作に立ち並んでいるさまは諸外国の専門からすれば見るにいたたまれない様相だったことでしょう。そんな中で私達の大部分がそこまで気にすることもなく生活していたと思います、特に都会で生活している人にとっては違和感が少なかったからかもしれませんね。都会で建物が数多く建っているという光景はありふれているため、今更巨大なビルが一つ二つ建とうが何も変わらない、そう感じる人も少なかったのではないでしょうか。しかしこの考え方は田舎では通用しません、自然と人工が調和している世界に突如として機械仕掛けの塔が立ち並んでは、まさしく景観破壊そのものだろう。

しかしここでも都会と地方とでは景観に対する基準が異なってきてしまう。それこそ生まれ育った環境の中で感じる、これが自分にとっての風景として固定しているという、先にも述べた景観イメージは違ってきます。高層ビル群が立ち並んで、車や人がせわしなく動き回っている中で生活していることが当たり前の人はこの風景が定着し、山と森、川が昔からそのまま残っているのどかで穏やかな環境、野生の植物や虫、そして動物達に囲まれている人にとってはその中に自分がいることこそ自然なことだと認識するでしょう。そのため、どの基準で景観が破壊されているのかというものを推し量るときにはその違いが顕著に出ることでしょう。

では、一般的に景観が破壊されていると判断する際にはどのような基準が該当したときにそういえるのか、それを見ていこう。

景観について考えてみた結果
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景観破壊と認識する条件

景観破壊として一般的に見られる条件を分類で分けるとすると、『建築』・『広告』・『交通』、この三つが崩れると一般的に分かれる。具体的にどういう点のことを指しているのかを見ていこう。

建築の場合

といったものが主に建築的視点からした時に景観を損ねるとされている。前述に述べたものもいくつか含まれているが、この中ではやはり最後の布団が一番の良い例だろう。都会では良く見られる高層マンションにおいて、布団を干すことは禁止とされているのは知られていることだろう。高層階に住んでいる人間の布団が万が一に落下した場合に、下を歩いている人間に怪我を負わせる危険性を伴っているので禁止、となっているのは都会独特の景観破壊の例だろう。

広告の場合

各々の企業が宣伝するために町並みに設置している看板が景観破壊になっているという、広告として機能しているものもその一端を担っていると考えられている。都会ではごく自然なように感じるときもあるかもしれないが、さすがにいきなり異質な看板が登場すればそれだけで何もかもそこにあった秩序は乱されることは明白だ、そういう観点から考えても、広告として機能するものも景観という基準に即して考える必要があるのかもしれない。

交通の場合

これは、人間が生きていく上ではどうしようもない存在なのではないだろうか。交通の発達によって人は国内においても移動が楽になっていることは確かだ。それなのに道路や沿線が景観を損ねるということを考えたら、もうどうしようもない問題になってくるのではないだろうか。景観として考えたときに、このように現代の生活にとって必要なものまで景観を損ねることになってしまうということだ。交通の場合、根本的な解決策としてはないのかもしれない。

いい景色最高!

景観破壊を進行させないようにする政策

上記のような景観破壊をこれ以上進行させないためという観点から、様々な模索が検討されている。具体的な例としては以下の通りとなっている。

その他にも景観破壊を防ぐためにの手段として挙げられているが、上記の内容が一番分かりやすい点といえるだろう。大体の例を見てみると何となく分かると思いますが、個人的に一番興味あるのは『外国への見聞を広める』ということだろうか。

確かに諸外国、特にヨーロッパ諸国などにおいては景観という観点から考えたとき、大体の人が風景を憧れるのではないだろうか。実際に行ってみたことはないのでイギリスなどの風景を知らないのでなんとも言えないが、写真などで見てもその風景は日本とは大違いというのは分かる。こういった諸外国の景観意識を参考にするのも悪くないかもしれないが、そのまま取り入れるというのは正直不可能ではないだろうか。例えばだが、日本とイギリスの場合ということで考えても、文化的にも社会的にも意識の根底から全く異なっているため、日本にイギリスの景観美意識を取り入れてもちぐはぐな風景が出来あがって、余計に景観を乱すことになる。これは日本的な住宅が立ち並んでいる中で、一つイギリスの建築様式を取り入れる岳でかなり異質な存在になるのと同じことだろう。

破壊を防ぐ手立てとしては確かに外国の景観意識を取り入れることもありかもしれないが、模倣するようなことになればそれこそ目も当てられないひどい状況になってしまうだろう。