学術的分野としての景観

景観生態学

学問として考えた景観を研究する際には『景観生態学』という分野になる。これは景観の諸特性と潜在的な価値を評価して、土地利用に応用することを目的とする実学として発展を遂げることになる。研究対象としては人間活動の影響が少ないし全域の景観と共に、人間活動の影響が多く反映している都市域の景観も含まれている。1938年からドイツの地理学者『カール・トロール』によって創出された学問だが、世界的に見てもまだまだ発展途上の段階であるということは否めず、研究成果とその規模にしても小さいものとなっている。

この生態学から見たとき、自然物と人工物の関係はどうあるべきだと考えられているのか、そこを少し紐解いていこう。

景観について考えてみた結果
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生息地分断化

世界的にこうした建物が広がる前、大地は荒廃と広がっているだけのモノだった。そこには様々な生態系が存在しており、それを元にしてこの地球環境は成り立っていたが、その生態系に何かしらのてこ入れが働くことによって、本来そこにあった環境に影響を及ぼすことがある。あるものは住処を負われたり、あるものは何とかその場に留まろうとするなど、様々だった。こうした生物としての生息地に影響を及ぼして、本来の環境に侵食してしまうことで発生することを『生息地分断化』という言葉で表現することが出来る。

この分断がもたらす生息地としての変化を表す場合、以下の4つに分けることが出来る。

具体的には上記の4パターンに分けることが出来るが、この事例が1つないし、2つや3つが組み合わさって同時に発生するときも同様に生息地分断化ということ出来る。

さて、この分断化は人間活動がもたらすことで発生することもあるが、自然界による土地改変でも発生する場合もある。しかしながら人為的な要因で起こった場合には、急激な環境の変化と個体群の分断を引き起こすこともあるためん、その際には貴重な種の絶滅や個体数が減少するということが発生する起爆剤となってしまう。人間による環境破壊がもたらした産物を考えればよく理解できるだろう。

自然に起こる分断化の場合

分断化は何も我々人類が起こしてばかりいるということではない、時には自然界により発生した災害で生息地に変化を及ぼすこともある。具体的な分断の要因としては、火山の噴火や加地、気候変動といった自然現象が主となっている。これについては化石録から明らかになっているため、原初の地球において絶滅した動物たちにおいてはこの自然界の影響で分断化されてしまい、絶滅に追い込まれてしまったのだろう。

人為的に起こした分断化の場合

人間活動における分断化の例として、街を始め、農業やダム、さらに郊外の開発などで発生することがある。特に人類が起こすことになってしまう環境かく乱については、そこに生息している種の存続事態を危うくしてしまい、生息地の分断によって絶滅に危機に瀕している生物種の数は年々増加の一途を辿っていた。またこうした生息地分断化によっては遺伝子流動が減少することによって、種の遺伝的多様性が下がることも指摘されている。

緑の回廊

先のような生息地分断化によって発生している種の絶滅などの危機に対して人間が何もしていないのか、というわけはない。自然生態系の保護という観点から、人の生活圏によって分断されてしまった野生生物の生息置換を繋いで、主に動物種の移動を可能とすることで生物多様性を確保するための植物や水域の連なりを形成している場所がある。その場所のことを『緑の回廊』と呼ばれている。

この緑の回廊の役割としては、動物達の生態系を保護を最優先として、人間が起こした環境破壊などで壊れてしまった動物種たちの食料などとなる植物を植えて命を繋いだり、水源となるものがなくなれば水路を形成して、動物たちが生息地間を行き来できるようにすることを目的としている。

本来であれば動物達は自然的な活動をすることで個体数を回復させることが理想的なだが、そのためには彼らが独占できる専有面積が必要となってくる。面積を確保することは問題ないように見えますが、草食動物・肉食動物というくくりに関わらず、生物によって必要最低限となる活動領域というものは種によって異なっている。そうしたこともあって、それこそ広大な面積を用意することが出来ても、種によってはその面積で活動する場合にはまだまだ狭すぎるという問題が発生することになってしまう。その問題は加速的に進行してしまい、いずれは餓死してしまう場合もある。交配という観点から見ても近親同士は避けることを前提にした場合にはやはりかなりの面積が必要となってしまう。

この問題は自然破壊などで顕著に出てくることになる。特に植物群落を生息地としている動物達にとっては、他の生息地との行き来が出来なくなった場合には、一気に死滅する可能性が浮き出てしまうのだ。ただ生息に必要な広大な面積を確保して個体群としての数は維持しても、その中で細分化されているようなことになっていれば生物としての多様性は減少してしまうので、あまり有効な手ではないのだ。こういう意味で緑の回廊、もしくは水源を確保している水と緑の回廊、といったようなものを作り上げることで生態系には効果が非常に大きいと考えられている。

景観という言葉から、都市計画についての話から、こうした自然環境との共存を考えるときでも使える点では、そのようとが幅広いものだということは分かっていただけただろう。特に自然環境については今後も考えなければならない問題事項なので、この景観生態学という観点からすれば発展することでこの先の都市計画などに非常に役立つ学問ではないのだろうか、と思われる。

いい景色最高!

景観調査

都市工学として景観の事を考えたときには『景観調査』を行うことが一般的な例となっている。調査方法としては、カメラで景観を写真家ビデオで撮影する、もしくは観察によって発見した景観要素を文字やスケッチによってノートに記録する、また地図上に直に書き込む、といった手法で行なわれる。地理学においては地図で表現することが多かったこともあり、具体的には土地利用を示すことで景観を表現していた。こうした調査によって観察することで、観察する場所の知識を持ち合わせていなくても、その土地の人と言葉が通じなくても、その場所の姿や現地の人の生き様を知ることが出来るので、景観の調査をする際には非常に有効な手段となっている。

とはいえ、景観とはあくまで視覚的に認識するものであるため、ただ眺めていれば理解できるものではない。景観を観察するときには以下に気をつけなければ本質を理解することは出来ないとしている。

この考えを述べた日本人地理学者の『戸所隆』氏曰く、地理学は視覚に頼っているところが多く、フィールドワークや野外巡検は地理学のカリキュラム上重視されるため、必修科目となっていることが多くなっているのだ。またアメリカの『ジョン・フレーザー・ハート』は、『景観の研究は最も健全な地理学の出発点である。地理学者の好奇心は何よりもまず見えるものによって呼び覚まされる』と語っており、いかに地理学者にとっては現実に存在している姿を視認することが重要なことなのかということを彼を含め、多くの学者達が語っている。これは地理学系の国際会議においても本会議の前後に海上周辺で巡検が行われ、世界の研究者が議論しあいながら景観調査を行う機会が設けられているほどだ。

とは言ってもフィールドワークを重ねて観察眼を育てるということは、逆に近くを狭めてしまうという恐れもあるので、いかに相対的に見る力を保つことが出来るのか、というところが大きなところだろう。