景観

学術的用語としての景観

景観、この言葉を聞いたことがある人もいるかと思いますが、何を意味しているのかというのは日常生活における景色・風景で用いられる言葉である。その他にも、建設という面で用いられたりするなど、言葉からは想像を超えるような広い範囲でこの言葉は重要視されています。

言葉の語源としては、植物学者がドイツ語のLandschaftの学術用語としての訳語として当てたもので、後に地理学において使用されるようにもなった。一般人からすれば景色という意味でしか使用することのない言葉ですが、学問として考えたときには意味は複数に分かれます。土木としても、建築という意味でも、それぞれ使い方は共通しているようで異なっているのかもしれない。

さて、そんな景観ということについてですが、今回は最も使う機会があるであろう建設や土木といった面での景観について話していこう。その歴史を紐解いていくにはまずは地理学から話をしていく必要がある。

まず景観を学問として確立させたのはドイツの建築家・彫刻家である『オートー・シュリューター』が、景観とは感覚的に、特に視覚的に捉えられるものであるという事に限定したことから始まる。景観から目に見えない政治や宗教などは景観形成に関係のない限り除外されることになったことと引き換えに、景観を位置・大きさや相互関係などから容易に扱えるようになるのだった。その後景観がここの景観の構成要素単独で成立しているのではなく、相互に関係しながら景観を形成していくものであるという味方が現れ始めたことにより、生態学的な観点からの重視が主張されるようになった。話が壮大になっているが、要するに景観というものは単一で形成されているのではなく、周囲にある様々な自然や建造物によって構成されているということだ。そこにはもちろん見えているものばかりではなく、その場にある全てのもの全体を指している。

では日本において景観というものはどのようなものであるのかということを考えたとき、日本の地理学者『中村 和郎』氏はこう定義している。

という5つに分類することが出来ると考えられると唱えた。確かに先に述べた学術的な見解から見ると、すべてが納得できる。一番興味深いのは5番目の『時間と共に変化する』だろうか。現時点ではそこにある軽視や風景は景観として成立していないものの、時代を超えることで一つの景色を生み出すことになるというのは、自然の力がなしえることだろう。その中に人工物が混じることもあるが、それはそこにある自然物と融合するように共鳴して、そこにあるのはごく自然であり、そしてなくてはならないものへと昇華することになるということだろう。出来そうでできるものではない、もし考えて生み出そうとするならば相当の計算とその後のバランスを相対的に考えなければ作り出すことは出来ないだろう。

何にせよ、以上5点を踏まえての景観を作り出すというのは簡単にできることではないということ確かだ。

自然景観と文化景観

さて、景観といっても実は言葉としての意味だけではなく、分類としてでも一つに分けることは出来ない。シュリューター以降、景観とは『自然景観』・『文化景観』の二つに分けられた、というには少し経緯が必要になってくる。実はシュリューター自身は『自然と人間社会が溶け合って作られたもの』として文化景観を捉えていたために、単なる自然でも単なる文化でもなく、自然景観と文化景観に分けること自体に矛盾が生じてしまうのだ。シュリューターの時点ではまだきちんとした区別がつけられていなかった。

その後アメリカの地理学者『カール・O・サウアー』が、人間行動は自然環境に制約されるという環境決定論が支配的であった1920年代においては、人間が自然環境に働きかけることが出来るとして、文化地理学を打ち立てるのだった。その後サウアーは、景観を人間が手を入れていないものを『自然景観』と、手を加えたものを『文化景観』の二つに分けることが出来て、文化地理学とは自然景観から文化景観への意向を説明する学問となっている、と定義した。この時より、自然景観と文化景観の違いを定義するものが生まれたのだった。

その一方で『リチャード・ハーツオン』が語る意見としては、自然景観とは完全に人間の手の入っていない地域にのみ認められるべきで、人間の居住地域に自然景観は存在しないとして、サウアーを批判する形で論を展開するのだった。

但し、ここで一つ注意しなければいけないことがある。それがサウアーが2つの景観が対比になるように定義しているのではない、ということだ。前述に書いた内容では確かに対立しているものとして捉えられるかもしれないが、サウアーからすれば2つの違いというのは何なのかということを以下のように定義している。

としているのだ。サウアーは景観に対してはそこに手を加えるか否かでどちらかになるということを語っているが、それはきちんとした過程を経ることによって言い方が変わるということだ。つまり、自然景観が元あった風景ということであり、その自然風景に人間が手を加えたことで文化景観になるものの、二つは性質的には同質のものであるということを言いたかったわけである。

日本の景観に対する規定

さて、日本において景観というものの存在を定義するようになったのは何時頃なのかという事になる。だが景観という言葉が用いられるときには日本の環境的な変化は劇的なまでに発展していたために、人々の景観に対する意識が高まったのもごく最近のことだったりする。

きっかけとなったのは関東大震災のことだ、その頃にはアメリカの都市日運動の影響を受けて、都市計画関係者の間では『都市美』という言葉が徐々に用いられるようになった。都市美教会が設立され、市民への啓発運動も行なわれたが、時代は戦争に突入し、復興活動、その後の高度経済成長を遂げることで景観ということは忘れ去れて、合理的に、そして経済的な側面ばかりが重要視されるようになってしまった。

確かに都市計画法には美観地区、風致地区などの規定はあったものの、美観地区は制度として積極的に都市美を作るとしながらも、実際の事例には皇居周辺などの景観保護などに限られていた。そういった経緯のために一般地区での景観は軽視されるようになってしまい、高度経済という日本発展期には日本の重要文化財が揃っている京都や鎌倉等にも開発の手が回るようになってしまった。これらの地域を守るためにことなどにある重要文化財などを守るナショナル・トラストが設立されるも、あくまで民間レベルということもあって一部の地域だけが対象ということになっていた。

1980年代頃になると、景観を守ろうという条例を制定する自治体などが多くなるが、その背景には各地で起きている高層マンションをめぐる紛争がある。周囲を構成している一戸建てのマンションの中に高層マンションが立つようになったら、日照権などをめぐっての紛争が続出するようになってしまうのだった。

その後2003年時点で、27都道府県、450市町村が景観に関する自主条令を制定するようになるも、法律ではないために強制力は存在しておらず、建築基準法や都市計画法より厳しい制限を用いることは不可能だった。そのために国の立法措置が求められることになり、良好な景観に対する関心が高まってきたことも相まって、智同自治体が美観の条例を定めて執行しようとしても、国の法的証拠としても明確になっておらず、また法的有効性が保障する必要のために、2004年にようやく『景観法』という法律が制定するのだった。景観法では『美しく風格のある国土の形成、潤いのある豊かな生活環境の創造、及び個性的で活力ある地域社会の実現』が目的にあげられているなど、過去にやりすぎてしまった付けを取り戻し始めることになるのだった。

しかし景観法自体は何かしらの規制を行なえるものではないため、動くためには自治体が景観計画などを定めなければならないというデメリットがある。根本的に花にも解決していないということになってしまうため、今後も日本においては重要な課題となる問題かもしれない。

建築学・都市計画としての景観

建設学としての景観について、日本が1984年に定義した『美しい国土建設のために一景観形成の理念と方向』において、景観というものは、眺められるものとしての『景』と、眺める主体としての『観』に分解し、更に『景』を『地域性』・『全体性』・『公共性』の性質生を加え、『観』を『多様性』・『生活性』・『参加性』に細分化するのだった。これにより、景観とはモノがあって、それを見る人が美しさ・快適さ・潤いなどを感じないものは景観ではなく、地域住民や土地の風土に合ったものが景観である、と述べた学者もいた。一方では『人間が自らの周辺の環境を理解して、認識する一つの方法』であり、視覚から得られたものに特定の意味や価値を見出そうとする態度であると記しているものもいる。

これを現象学で言うところの『体験された空間』ということになり、実際にその場で景観を見ずとも、過去の経験や入手した情報から景観を思い浮かべることが出来ると考えられている。また上記のように各人が思い浮かべたものは景観イメージとして呼ばれているとも言われている。

さてさて、いくつか語ってきましたがこうした経緯もあって、現代においては環境との相互共存することを重要視して建築物を建設しなければいけないということもあって、景観ということは大事にされている。年や街路空間を考えた上での景観を意識しなければならないものの、東京や大阪を例に見ても高さや規模は揃っているもののそれらは景観を意識しているのではなく、規制によって結果として統一的な景観が形成されているに過ぎず、よくよく見れば色やテクスチャーなどは不統一で看板や電柱の配置も無造作となっており、雑然とした街路空間を形成しているので、かなり際どいところとなっている。

こうした状況に対して景観をデザインしようという動きはあるものの、『雰囲気のある個性的な街路空間』には、街路全体で『等質な雰囲気』を作ろうという視点と、ランドマークなどの記憶に留まるものによって個性付け使用する視点の二つが重要になってくるとも考えられている。

またこうした建築学などの上で景観の役割についてアメリカ人の『ケヴィン・リンチ』は以下のように述べている。

という三つの条件が述べられている。簡単な条件として書いているように見えるかもしれないが、相当に難易度の高いことであるということは確かなことだ。景観といっても奥深くて非常に興味深い学問だということだ。